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東京高等裁判所 平成4年(ネ)3897号 判決 1993年5月31日

主文

一  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人甲野春子、同甲野夏子に対し各金三八五万一九四〇円を、被控訴人甲野花子に対し金七七〇万三八八〇円を、各被控訴人に対し右各金員に対する昭和六二年一一月四日から支払いずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その三を被控訴人らの連帯負担とし、その余を控訴人の負担とする。

理由

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

(二)  被控訴人らの請求を棄却する。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

二  事案の概要

本件は、交通事故により受傷し、その後自殺するに至つた被害者の相続人が、右事故の加害者に対し、不法行為(民法七〇九条)に基づき、死亡に伴う損害の賠償を請求したところ、原審は、原告の請求を一部認容したので、控訴人が控訴した事案である。

事案の概要は、原判決は「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。 但し、次のとおり訂正付加する。

1  原判決二枚目裏一〇行目の「一一か月」を「一〇か月」に改める。

三  当裁判所の判断

1  当裁判所は、本訴請求を主文で認容した限度で正当と認めるものであるが、その理由は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決三枚目裏一〇行目の「ところ、」の次に「停止寸前に」を加える。

(二)  同四枚目表二行目の末尾に「控訴人は、居眠りをしてから約一〇〇メートル進行して被害車両に追突し、被害車両は追突地点から約五・九メートル進行して停止したこと、」を、同一三行目の「とも」の次に「本件交通事故当日の夜、遅くとも」をそれぞれ加え、同行目の「翌日」を「翌五日」に改める。

(三)  同四枚目裏六行目の「当日の夜」の次に「、遅くとも翌五日」を、同七行目の「出」の次に「て」をそれぞれ加える。

(四)  同五枚目表九行目の「あつて」の次に「イヤホンで」を加え、「したりもしたが」を「した(音量が異常に大きいことに家族の者が驚くこともあつた。)が」に改める。

(五)  同六枚目表三行目の「なり、」から同四行目の「死にたい」までを「なつた。同人は、昭和六三年八月一五日ころ、姉の丁原竹子に『耳鳴りしたんじや仕事にならない。』、『仕事ができなくなるなら死にたい。』」に改める。

(六)  同八枚目表八行目の「当日の夜」の次に「、遅くとも翌五日」を加える。

(七)  同八枚目裏二行目の「当日の夜」の次に「、遅くとも翌五日」を加え、同四行目の「一一か月」を「一〇か月」に改める。

(八)  同九枚目表七行目の「交通事故においては」を「交通事故は、控訴人の一方的過失により発生したものとはいえ、その態様においてそれ程重いものとはいえないこと、」に改め、同一一行目の「自由」を削る。

(九)  同九枚目裏三行目の「七割」を「八割」に改める。

(一〇)  同一〇枚目表一〇行目の「七割」を「八割」に、同一一行目の「三割」を「二割」に、同一二行目の「二一〇一万一六四一円」を「一四〇〇万七七六一円」にそれぞれ改める。

(一一)  同一〇枚目裏五行目の「一〇五〇万五八二〇円」を「七〇〇万三八八〇円」に、同六行目の「五二五万二九一〇円」を「三五〇万一九四〇円」に、同七行目の「二〇〇万円」を「一四〇万円」に、同一〇行目の「一〇〇万円」を「七〇万円」に、同一一行目の「五〇万円」を「三五万円」にそれぞれ改める。

2  控訴人の当審の主張に対する判断

(一)  控訴人は、本件事故による受傷と耳鳴りとの間の因果関係の存在を争う。

しかし、前記認定事実によれば、太郎の耳鳴りは本件事故当日の夜遅くとも翌五日発症したものであつて、同人は本件事故まで耳鳴りを訴えたことはなかつたこと、太郎は事故当初から耳鳴りを訴えてその治療を継続していること、交通事故による頚部捻挫後の耳鳴りの発生は、往々見られる症状であり、外傷性頚部症候群により耳鳴りなどが長く続くことはよくあることである(鑑定結果)とされることを考えると、本件事故による受傷と太郎の耳鳴りとの間の因果関係は十分に認められるのであり、右耳鳴りは本件交通事故の後遺症と認めて妨げない。耳鳴りの原因、発症のメカニズムは医学的に未だ解明されておらず、他覚的に捉えるのは困難とされているのであるから、同人の頭部や頚部の検査に異常がなく、他覚的所見が得られないからといつて、前記認定を覆すに足りない。また、甲一四号証(土屋医師作成の診断書)には、耳鳴りと「受傷との関連性は不明」との記載があるが、《証拠略》によれば、右記載の意味は、太郎については受傷後の検査だけで、それ以前の検査がないので、受傷と耳鳴りとの因果関係の有無を肯定も否定もできない趣旨であるというのであり、吉田医師の証言も、医学の立場から右因果関係を否定するものとは解されないから、前記認定に反するものではない。

(二)  控訴人は、本件事故と太郎の自殺との間には、相当因果関係はないと主張する。しかし、前示のとおり、太郎は、本件交通事故により生じた耳鳴りに長期間著しく苦しみ、悩んだ末、同人の神経質な性格や治療による改善の効果がはかばかしくないうえ、医師から完全治癒の困難な旨の所見を示されるなどしたことから不安が増強するなどの心理的要因も加わつてうつ状態になり、自殺に及んだものと推認できるものであり、交通事故の後遺症として耳鳴りのような他覚的所見の得にくい主観的症状が執拗に持続し、精神的苦痛の結果うつ状態になり、自殺に至ることは、通常人の予見可能なことということができるから、本件事故と太郎の自殺による死亡との間に相当因果関係を認めることができる。

四  したがつて、被控訴人らの本訴請求は、被控訴人甲野春子、同甲野夏子についてはそれぞれ三八五万一九四〇円、被控訴人甲野花子については七七〇万三八八〇円、各被控訴人についてそれぞれ右各金員に不法行為の日である昭和六二年一一月四日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

よつて、被控訴人らの本訴請求は、右の限度で理由があるから、これを認容し、その余を棄却し、これと判断を異にする原判決主文第一、二項を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 宗方 武 裁判官 水谷正俊)

《当事者》

控訴人 乙山松子

右訴訟代理人弁護士 安藤武久

被控訴人 甲野春子 <ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 倉田卓次 右同 佐々木一彦

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